こだわりの連載技術エッセイ
第3回 IT世界を読み解く3つのキーワード(その2) 2004年6月23日

(2) 市場拡大によって成り立つビジネスモデル
半導体技術がコンピュータの重要な要素であることは前項で述べた.ここではコンピュータのビジネスモデルもまた半導体技術と強く関係していることを述べたい.

半導体製品の特徴として製品原価の中に原材料費の占める割合はゼロに近く製品原価はほとんど開発費と製造設備費で占められている.
しかも新しい半導体生産設備の製造歩留まりは習熟曲線によって向上するので競合他社よりも一日でも早い製造の立ち上げが要求される.
余談であるが製造開始直後は「歩留まり」と言うよりは「出現率」「発生率」と呼んだ方が適切なくらいで半導体農業論,半導体漁業論と言われたこともある.ある半導体メーカでは不良のメモリチップをネクタイピンに加工して会社訪問の記念品にしていたのであるが初めはほとんどネクタイピンの製造をしていたという話もある.
この半導体製造の特徴が実はCPUのコンピュータ・アーキテクチャの開発にも深く関係している.

10年位前にコンピュータ・アーキテクチャの世界でCISC vs. RISC論争というのがあった.
CISCはComplex Instruction Set Computerの略で命令の機能を高めて少ない命令数でソフトウェアを実行しようと言うアーキテクチャでRISCはReduced Instruction Set Computerの略で単純な命令でソフトウェアを実行しようとするものであった.
CISCは極端に言えば直接高級言語で書かれたソフトウェアをハードウェアで実行するという考えでハードウェアの処理は複雑になるがソフトウェアの実行ステップ数は少なくなる.逆にRISCではハードウェアは簡単になる代わりにソフトウェアの実行ステップ数は増えるという特徴を持っていた.
幾多の議論の中で分かってきたことは「CISCとRISCとの間でアーキテクチャ上の優劣は無いがハードウェア構造の簡単なRISCの方が開発期間が短く結果として新しい半導体テクノロジーを使用できる可能性がある」というものであった.前述したムーアの法則によれば例え半年でも新しい半導体テクノロジーを使える効果は決して少なくない.
複雑なハードウェアは開発,製造,検証のそれぞれに多くの時間を必要とする.
当時のマイクロプロセサの中ではSPARC,MIPS,PowerPCなどがRISCでインテル系のマイクロプロセサのみがCISCであった.
しかるに現在のマイクロプロセサのシェアを見れば圧倒的にインテル系のマイクロプロセサが市場を占有している.
半導体技術の観点から見て不利なCICSを採用したインテルがなぜ優勢になったのであろうか.
先ずインテルは複数の開発拠点を全世界に分散して設置し異なった世代のマイクロプロセサをオーバーラップさせて開発した.これにより開発期間の短縮を実現させた.開発拠点は4箇所程度と思われる.
第二にマイクロプログラム・アーキテクチャを導入してハードウェアはより単純の命令処理を行うようにした.マイクロプログラム自体は20世紀の中ごろから提案されているアーキテクチャで既にメインフレームにも採用され実績のあるものであるが目的とするコンピュータ・アーキテクチャを効率良く実行するマイクロプログラム・アーキテクチャの開発は難しく非常に重要である.
今やCISCとRISCの優劣を論じることは無く例えばPentium3とPentium4のどちらのマイクロプログラム・アーキテクチャがどの分野に適しているかというような議論にコンピュータ・アーキテクチャの議論は移ってきている.
インテルが上記の開発戦略を採用できた背景にはウィンテルと言われるPCのコンシューマ分野での大きなシェアが必須の条件であった.なぜ技術的に特に優れている訳でもないウィンテルが成功したのかは機会があれば述べたい.
半導体のコストは開発費と製造設備費であるので大量にシェアが取れたメーカのみが市場から利益を得ることができる.

(3) コンピュータと通信の融合
昔はコンピュータもソフトが無ければただの箱とか言われたが今ではコンピュータもインターネットに繋がってなければただの箱である.
インターネットは単なる通信技術ではなくコンピュータと通信の融合によって実現された.
技術的な事項は別に述べるが,
インターネットの特徴は
(a) グローバルに
(b) 同時に
(c) 大量の情報を共有できる
ということだと思う.
インターネットに繋がることによって自分の個人のコンピュータから全世界に情報を発信できるし全世界の情報を共有することができる.しかもユーザは通信を意識することすら無い.
インターネットの発達はビジネスの方法にも大きな変革をもたらした.
従来必要悪として有った流通在庫が全世界同時に情報を共有できることになりサプライチェーンは極限まで合理化することが可能になり製品コストの低下を実現できた.しかしその副作用として従来需給調整の緩衝材の役割を果たしていた流通在庫がゼロに近くなったために,例えば中国の山奥の工場の小火が翌日には全世界的にマイクロチップ部品の不足をもたらすことも容易に起こり得るようになったことにも配慮しなければならない.
またしばしば起こる顧客情報やプライバシーの流出もインターネットがその能力故潜在的に持つ副作用の一つである.
インターネットにも「光と影」の部分があり影の部分への危機管理能力が今や必要とされている.

以上現在のIT世界を読み解くキーワードとして
(1) 半導体技術の進歩
(2) 市場拡大によって成り立つビジネスモデル
(3) コンピュータと通信との融合
を述べてきたがそれらは互いに深く関連している.

筆者の持論であるが「高度に発達した情報処理機器は仮想的になり透明化する」.
読者諸兄が現在および将来のIT世界を考える際の何かの参考にしていただければ筆者も幸いである.

(光)
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