こだわりの連載技術エッセイ
第1回 人間の時間、コンピュータの時間 2004年5月21日

連載を始めるにあたってちょっと個人的なことを書かせていただきたい。

筆者の技術的な背景はコンピュータ・アーキテクトだと思っている.コンピュータの世界ではコンピュータ・アーキテクチャの定義はアムダール博士のそれが有名で彼は「コンピュータ・アーキテクチャとはソフトウェア(OS)から見たハードウェアの属性である」と言っている.
もっとも彼の活躍した70年代とは現在の状況はかなり違っていて色々なコンピュータ・アーキテクチャがその優劣を競って群雄割拠したコンピュータの黎明期から発展期とは違い現代ではコンピュータ・アーキテクチャは数種類に限定されてきている.
これは通信のような国際標準化の努力に拠るものでは無く全くビジネスの力学の淘汰によって実現された.通信は互いに接続できることが必須であり標準化はメーカとユーザの利益になるがコンピュータの世界では如何に大きな市場シェアを取って多くのソフトウェアを取り込むかが更なる市場獲得のキーとなるコンピュータの製品としての特徴によるものである.
その意味では厳密なコンピュータ・アーキテクチャは現在ではインテル系,IBMのPower系,SUNのSolaris系、メインフレーム系、複数のLSI埋め込みCPU系に収斂されている.
こここで重要なのがこれらの厳密な意味でのコンピュータ・アーキテクチャは直接ハードウェアを制御するソフトウェア(オペレーティングシステム)からのハードウェア仕様でありオペレーティング・システムの上で動作するアプリケーション・プログラムには影響を与えないということである.
一番大切なものはユーザのソフトウェア資産でありそれを維持できないコンピュータ・アーキテクチャの変更は市場に受け入れられない.
現在でもコンピュータ・アーキテクチャという言葉は良く使われるがその意味はかなり限定されたものになっている.
ある命令セットが定義されたとして現代のコンピュータはそれらを直接ハードウェアの論理回路で実行することは無くマイクロプログラムというハードウェアを制御するソフトウェアにより実際は制御されている.ある命令が純粋なハードウェアの論理回路で実行されようがマイクロプログラムにより実行されようが上位のソフトウェア(オペレーティング・システム,コンパイラ,アプリケーション・プログラム)からはその違いを認識することができない.
インテルのPentium M,Pentium 4,AMDは同じソフトウェア(OS)が動作するにも関わらずその目的によって異なったマイクロプログラム・アーキテクチャによって実現されており,最近それらのマイクロプログラム・アーキテクチャの違いに関する記事も書かれるようになってきた.

閑話休題
マイクロプログラム・アーキテクチャについてはいずれ紹介させていただく機会もあると思われるので今回は首題の「人間の時間,コンピュータの時間」について以下に書かせていただく.

人間の感覚は日常的に体験できるものについては鋭いが非日常的な分野に対してはとても鈍いものだと思っている.
例えばものの表現に「これを全部積み重ねると富士山と同じ」とか言う場合があるが,それは横にすれば歩いて1時間も経たずに到達できる距離だったりする.要するに普通の人間が実感できる3次元空間は長さ方向には例えば駅から自宅までの距離で高さ方向にはせいぜい床から天井くらいまでのものではないだろうか.
時間についても数十年レベルの時間経緯は体感できても(特に人生経験の長い人には)短い方については1秒もしくは数分の1秒くらいが限界ではないかと思う.
こういう人間の感覚のセンシティブの違いについて認識しておくことは特に理数系の学生さんたちには頭の中で思考実験をする時とか最新技術を理解するために必要なことだと思う.
人間は思い込みの強い動物で最も危険なことは思い込みの最中には思い込んでいるという可能性すらも認識できないことである.
筆者が大学で講義をする際に最初の授業で必ず学生にする質問がある.
「今,普通に秋葉原で売っているパソコンが1回足し算をする間に光はどのくらい進むと思いますか?直感で答えてください」
もちろん光の速さ(3X10の8乗メートル)をパソコンのCPUのクロック周波数で割れば簡単に答えは出てくるのであるが学生さんの感覚的な答えを期待している.
理数系の学生は教養課程の物理学で「光より高速なものはない」と学んでいるのでその先入観があるのか「100Km」,「地球半周」とかいろんな答えが返ってくるがそれが1m以下の場合は殆ど無い.
正解は「10cmくらい」であるが「光が10cm進む間に1回の演算を実現するためには光が1cm進む位の時間のレベルで制御しなければならない」と説明すると一様に驚かれる.
講義ではその後に次の言葉で締めくくる.
「その技術を更に進化させるのはあなた方自身なのですよ」

(光)
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